LOAD TO LAST MILE

辺境での仕事づくりを目指すラストマイルワークス株式会社の代表小林のブログ。カンボジア歴4.5年。

Inno-Tech Festival Cambodiaに出展しました

f:id:yu5884:20160814153425j:plain カンボジアで初となるテック系イベントInno-Tech Festival CambodiaにVR関連の出展をしてきました。 公式HP http://www.innotechfestival.com/ 多分日系で出展していたのはうちだけだと思います。そもそもほとんどの日系企業の方は知らないんじゃないかな。

初開催なのでどの程度の規模か、どういうところが出展しているのか、 何もかもよくわからないまま当日を迎えてしまいました。 正直、カンボジアなので学園祭レベルだろうと思いつつも、会場に着いてみると50くらいの企業ブースがずらり。。。 どこも結構がっつり準備してきておりました。もっと事前に準備しとけばよかったと、この時猛烈に反省。 そして、来場者の数も多い。

それにしても、カンボジアにもスタートアップが増えてきていますね。 面白かったです。ということで簡単に出展してたブースのご紹介。

コワーキングスペースを提供している IMPACT HAB f:id:yu5884:20160814153409p:plain

スタートアップのためのワーキングスペースやコミュニティを提供している 仮想MasterCardがつくれるPayGo f:id:yu5884:20160814153414p:plain

バス予約のウェブサービスBookmebus f:id:yu5884:20160814153443p:plain 他にも面白そうなブースがたくさんありました。 我らLASTMILEはインテリアシュミレーションのデモとVR体験をネタに出展。 とりあえずテーマがイノベーションとテクノロジーだから 、VRとか新しそうなコンテンツを出しておけば、ウケるだろう、という安易な考えて出したら、やっぱりウケました。 f:id:yu5884:20160814153436j:plainf:id:yu5884:20160814153430j:plain

他にも公演やワークショップなどもありました。テック系イベントらしくハッカソンもあったりして、 LASTMILEもちゃっかり参加しました。 制作テーマはこれ。 f:id:yu5884:20160814153407j:plain 寄付って結局自分のお金がどこに落ちていくのかわかりにくいというのがあると思います。 NGO側は勿論レポートを送ったりしますが、伝わりにくい。 もっと気軽にかつピンポイントで寄付側とされる側をつなげることはできないか、 寄付というものを可視化できないかというのがアイデアの根源です。 この学校のこの教室のここに置く机が2つ足りないとか、 今先生が不足していて、年間の給料がいくらで事業計画上3年分が足りないとか、 ピンポイントで寄付できて、かつウェブ上に情報を盛り込んで 現状が確認できるようなものをイメージして勢いでつくりました。 f:id:yu5884:20160814153850j:plain

ウェブ上でポチるとリアルタイムに学校ができていく仕組みです。 そして、バーチャルからリアルに建設もされていくという感じです。 対象がハコ系の支援に限られてしまいますが、 3dweb、VRwebの技術をつかったクラウドファンディングみたいなものですね。 Unityベースで作りました。こんなイメージ。 PCがディスプレイにつながらないという初歩的なハプニングもありましたが、 なんとかプレゼン終了。 その結果なんと! f:id:yu5884:20160814153422j:plain 2位入賞をしました!!やりました。勢いだけでつくった割には評価していただけました。 賞金もいただきました。大健闘です。 スタッフのみんなありがとう。

ネパールの山奥でネットが使えるというので行ってきた。#4

マハビルさんの故郷ナンギ村に着きました。 気付けばvimeoでマハビルさんの活動動画を見つけてから、 3週間くらいで動画の中の世界に来てしまいました。 HIKING FOR EMAILS

ナンギ村はネパール西部にあるアンナプルナ山脈の南に位置しています。 この村はワイヤレスネットワーク技術によって、オンライン化された最初の村。 f:id:yu5884:20160814154804p:plain

今では村人は土地の名産として水牛、蜂蜜、紅茶、ジャムなどをネット販売したり、 トレッカーへキャンプ場の有料太陽電池式シャワーを提供しています。 他にもミツマタをつかった紙漉事業や、図書館、診療所、新しい高校の教室を設立。とにかく色々やっています。 この日は村の調査が中心だったので、写真中心でナンギ村をご紹介。

この日の朝食は定番のチャパティ f:id:yu5884:20160814154806j:plain

天空のバスケコート。 f:id:yu5884:20160814154809j:plain

天空の学生寮f:id:yu5884:20160814154828j:plain

図書館。よくここまで持って来たなあと感心。 f:id:yu5884:20160814154841j:plain

理科室も結構充実してました。 f:id:yu5884:20160814154857j:plain

スクリーンに直接記入できるデバイスも搭載してました。 f:id:yu5884:20160814155223j:plain

パソコン教室はこんな感じ。1台200ドルくらいのロースペックPCだけど、ネット閲覧、Eラーニングは全く問題ない。 f:id:yu5884:20160814154912j:plain

村のPC教室の維持運営をしているKishanさんのプレゼン。 f:id:yu5884:20160814154918j:plain

Kishanさんのプレゼンで一番印象に残った写真がこちらです。 村に新しいテクノロジーが届いた瞬間の写真。村人は興味津々ですね。 全てはここから始まりました。 f:id:yu5884:20160814154801j:plain

Kishanさんとはここでお別れ。お世話になりました。 f:id:yu5884:20160814154759j:plain

ナンギ村はワイヤレスネットワーク事業を中心に本当に色々と発展していて、今後が非常に楽しみな村でした。 今後の課題としてはやはりいかに、村でこの産業を発展させていくかだと思います。 ネパール滞在中は常々「できれば家族と一緒にくらしていきたい」といった声を聞きました。 国としての問題はUAEや韓国や東南アジアにネパール人がどんどん流出してしまうため、 国の発展を阻害しているという話がありましたが、村ベースでも結局同じことが起きており、 仕事をするためにはカトマンズかポカラまでいなかければいけないという状況が今のネパールです。

今後はどのように関わっていけるか、 カンボジアでじっくり考えたいと思います。

ネパールの山奥でネットが使えるというので行ってきた。#3

マハビルさんと打ち合わせをした翌日。

朝7:00のバスで首都のカトマンズから第二の都市ポカラに向かいました。 料金はUS25ドル(ランチ付)、ガソリン不足により値段は高騰してるかも。ちなみにポカラとは湖という意味。おそらく、ポカリスエットという名もここから来ている。なんとなく、身体に優しそうな名前で好印象。途中休憩とランチを挟み7時間ほどで目的地ポカラにつきました。 f:id:yu5884:20160814155829j:plain 湖の都市なだけあって、メインの通りのすぐそばに大きな湖がある。そして、ポカラを囲うようにして聳え立つ神々しい山々。360°の絶景がポカラを見下ろしているかんじ。 f:id:yu5884:20160814155832j:plain

ここで3人のマハビルさんのスタッフと合流、打ち合わせしてこの日は早めの就寝。翌日はスタッフのうちの1人、ラルの故郷であるレスパ村にいきます。夕飯はネパール料理の定番ダルバートf:id:yu5884:20160814155835j:plain

クスマからレスパ村へ

そして、4日目。久しぶりに死ぬかと思った4日目です。 朝また軽く打ち合わせしてから、タクシーで3時間くらいかけてポカラからクスマへ。そして、クスマからラル(マハベルさんのスタッフの一人)の故郷であるレスパへジープで向かということですが。。。車内が満席ということで僕の席は何故かここ。途上国ではよくある話。

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下にはBBQの時に使うようなアミアミのでっかいやつが敷いてある。ラルの配慮でダンボールの座布団を用意してくれたけど、気遣うポイントが違う気がする。それでも、僕らはこれから始まる未知なるダンジョンに心弾まずにはいられない。 ジープはゆっくりと確実に登っていく。時々でかい石があると止まって除けていきました。揺れが酷くなるも、必死にしがみつく3人。アトラクションみたいでみんなハイテンション。 f:id:yu5884:20160814155839j:plain

ただそんな雰囲気も最初だけで、いつの間にか後ろにいたロックが消えました。一足先に車内に逃げた?(というか車内は満席のはずじゃ?)移動中の風景は常にこんな感じ。 f:id:yu5884:20160814155844j:plainf:id:yu5884:20160814155846j:plain f:id:yu5884:20160814155842j:plain

しばらくすると益々揺れが激しくなってくる。いつの間にか隣にいたラルも消えた。トイレ休憩後にさりげなく車内に逃げ込んだ?(いや、車内は満席では??)最後に何故か僕一人アミの上に寝そべりながらジープはどんどん進んでいく。。。でも慣れてくるとそれなりに気持ちがいい、空は広いし、見渡せばどこも絶景本当に最高だ、、、なんて言っている余裕は全くない。そのまま2時間くらいすると荷物を結んでいるロープが緩んできて横揺れが過去最大値。途中何度も、振り落とされそうになり、僕の握力もなかなか限界にさしかかった。なんかこういうロデオボーイとかにどれだけしがみつけるか、みたいなどうでも良いバラエティ番組をこんな時に思い出した。とにかく、ロープが緩んできてるのが非常に気になる。ふとチラ見すれば隣は崖。運転手はそんなことも知らずにグイグイいくし、車から降りるのも相当勇気いるし、もうどうしたもんかというところでラスパに無事?到着。万が一ロープがほどけたら、アミごとヒマラヤ山脈フリーダイビング状態だった。唯一しがみつくことができたアミアミにも最終的には感謝です。

ラスパという村は非常に素敵なところだった。家は壁から屋根まで全て石でできてて、人口は1000人未満で、なんというかドラクエかと思いました。水はもちろんタダ。そして何より3G回線が使える! f:id:yu5884:20160814155846j:plain

夜になるとまぶしいほどの星がちらばってた。日本ではもはや見れないような景色だと思う。 集落のぽつぽつとした星みたいな明かりとリアルな星が混ざりあい、見下ろしているのに星が見える感覚。すっごく不思議。

そして、その日はラルが用意してくれたちっちゃいちっちゃい小人サイズの部屋で布団にくるまり就寝。のはずが、全然寝れない。なんか「ゲップとおならがひたすら出る病」に侵されて全く寝れなかったのです! そんなこと生まれてから1度も全くなかったのになんなんですか、この症状は。寝ているだけでガスがどんどん溜まってお腹がパンパンに腫れていくのがわかるんです。1分もすると苦しくなるんで起き上がってガスを放出するという繰り返し。 そんなことを朝までやって数百回はおならとゲップをしてたと思います。そして最終的には尋常じゃないくらい腹を下しました。このまま死んだら死因はおならになるのだろうかと、どうでもいいことを考えながら一夜を明かしました。 この「ゲップとおならがひたすら出る病」を調べたかったけど結局一度も調べずに来ちゃいましたが、多分これです。 寄生虫に感染されてたようです。おかげでおならで死ぬところでした。

ジアルジア病

レスパ村からナンギ村へ

5日目の朝。前日の夜にゲップとおならがひたすら出る病に侵されていたため、体調は超絶不調。でも、前日に朝日が見たいなんて言ってしまったもんだから、ラルがわざわざ早朝に起こしにきてくれた。朝日の感動も全部ゲップおなら病に持って行かれ、10時までは腹痛を引きずりベットで丸くなってました。念のため普通だったら、そこそこ感動してそうな朝日の写真をアップしとく。家のドアを開けるとこんなかんじ。 f:id:yu5884:20160814155848j:plain それからはお腹の様子を伺いつつ村の学校を見学しにいきました。小中学生向けのパソコン教室もやってたけど、ポカラのISPの調子が悪いとかでネットにはつなげなかった。教えているのは基本的はワード、エクセル、それから簡単なhtmlとか。使っているのは寄付でもらったというPC15台程度のwindowsPC。ここもマハビルさんの活動によってできたスペース。 PC教室の様子。 f:id:yu5884:20160814155853j:plain ドメスティックなキーボード発見。 f:id:yu5884:20160814155905j:plain

教室はやけに小さく暗かったけども生徒はたくさんいて、全教室合わせると200人くらいいたんじゃないかな。教室で一緒に授業受けたり、日本にも輸出しているという織物の作業現場を見学したり。 f:id:yu5884:20160814155907j:plain

午後からはいよいよムハビルさん、それとスタッフのロックの故郷であるナンギ村へむけ出発。 お腹の調子は昨晩に比べるとだいぶ整ってきている、けどもやっぱりきつい。 ラスパからナンギ村は徒歩で4時間程度だけど、上がったり下がったり、プラス体調不良で相当きつかった。登山といえばで、ちょうど5年前のキリマンジャロ登山を思い出した。あの時もたしか年の瀬、2010年。登山初体験がキリマンジャロでしかも初日の出をアフリカのテッペンで見るという無茶なゴールを目指していたあの頃。今回も別のゴールを目指して2015年12月30日登山しております。ちなみにあれ以来登山していないので、ヒマラヤ登山が僕の登山経験としては2回目。時々つるっつるの石の階段があったり、足を滑らしたら人生終わるような崖があったりしながら、ひたすら登っていく。アメ横で安売りしてそうなナイキの靴を履いてきてて、超絶後悔し始めたのもちょうどこの時。ただ登山自体はそんな好きじゃないんだけども、視界が開けたときに見える絶景だけはたまらなく好き。 f:id:yu5884:20160814155913j:plain

空気も超絶うまい。

そんなこんなで道中紆余曲折ありながらも、 なんとかナンギ村に到着。 f:id:yu5884:20160814155920j:plain f:id:yu5884:20160814155918j:plain  寝不足体調不良で到着したため、想定以上に疲労困憊、足は生まれたての小鹿。 速攻シャワー浴びてあったかいご飯を食べて休憩。 こんな時に食べるスープは文句なしにうまい。シイタケスープの味が忘れられない。 f:id:yu5884:20160814155923j:plain ちなみに、シャワーはソーラーエネルギーでホットシャワー。(どうやって持ってきたんだろう) この日はさすがに疲れたのでロッジで早めの就寝。明日は仕事頑張ります。

ネパールの山奥でネットが使えるというので行ってきた。#2

カトマンズに着いた翌朝6:00。 起きてメールをチェックしようとしたら、早速停電でネット使えない。 聞くところによると現在カトマンズでは1日13時間もの間停電しているという。 ネットの使い勝手が想定外に悪く、未だにSIMを手に入れられていないという危機的状態で、ネパール不安だらけです。

そうそう、ネパールに来た経緯はこんなかんじです。 ネパールの山奥でネットが使えるというので行ってきた。#1

その日の午後にはもうネパール訪問の目的であるマハビルさんにお会いしました。 マハビルさんについて改めて簡単に紹介します。

2007年度マグサイサイ賞受賞者Mahabir Pun氏

windows95が発売された1995年、インターネットが個人にも広まりました。ネパール在住の社会起業家・マハビールプン氏は当時、メールのチェックに片道10時間もかけてネパール第二の都市ポカラまで通っていました。そこで、マハビル氏が自力で村にネットを引くことを決意しました。試行錯誤の末、2002年についに自身の生まれ故郷ナンギ村にネットを引くことに成功。

今ではネパールの200の村で6万人以上の村人がインターネットを利用することができ、トレッキング観光客へのサービスとしてネットが利用できるようにまで規模を拡大。さらに、彼の功績が社会で高く評価され2007年にはアジアのノーベル賞と呼ばれるマグサイサイ賞を受賞。ということで、ネパールでマハビルさんの名を知らない者はいなかったです。 参考: Mahabir Pun(https://en.wikipedia.org/wiki/Mahabir_Pun) Nepal Wireless Networking Project(http://www.nepalwireless.net/)

慶大と進めたエベレストの近くで氷河湖モニタリングプロジェクトの様子。 f:id:yu5884:20160814173924j:plain

そんなマハビルさんから僕の事業についてはこんな感想をいただきました。

インパクトソーシングはこの数年ずっとやりたいと思っていた。パソコン教室をつくり、スキルを身につけたけど、それを生かす場がいまのネパールにはない。今のネパールの一番の問題は国内に仕事がなく、人材がどんどん海外に流れていってしまこと。だから君のアイデアはすごく良いと思うよ。

マハビルさんの事業はどれもこれもスケールがでかくて面白い。そもそもGoogle Earthを使ってミーティングをしたのは今回が初めて。ちなみに、明日から基地間の移動に1日7時間以上もトレッキングしなければ行けないことも今初めて知った。

打ち合わせ中のマハビルさん。google earthが200の村々のネットワークが描写されててすごいことになってました。汗 f:id:yu5884:20160814173918j:plain

注目のワイヤレスネットワークプロジェクト

マハビルさんが現在関わっている多数のプロジェクトの中で特に面白いなーと個人的に思ったのをいくつか挙げてみます。

  • テレメディカルプロジェクト
    こちらも医療系のプロジェクトです。山間部に住む人々は2日かけて山を超えなくてはいけなかったりするので気軽に病院にいけません。そこで、首都カトマンズにいる医者と山間部にいる患者をビデオ通話で結んで診察するというテレメディカルプロジェクトが発足しました。こういったプロジェクトは世界には既にたくさんあると思うけど、マハビルさんのプロジェクトのすごいところはワイヤレスネットワークの構築からスタートして、山間部の患者にサービスを提供するっていうゼロスタートな点。村のラボにはこんなかんじでテレビ電話用の機器が置いてあります。
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  • メディカルドローンプロジェク 山間部では医薬品の入手が非常に困難で、山を2山も超えなくてはいけなかったりする。ところがムハビルさんが構築したネットワークシステムを利用すれば山間部でもベースの局に即座にSOSを送ることができ、必要な医薬品をドローンを利用して届けられるようになる。今時なプロジェクトでかなり面白そう。確かに直線距離だったら大した距離ではないかも。 f:id:yu5884:20160814173926j:plain
  • ソーシャルレストラン ネパールのワイヤレスネットワークプロジェクトのマネタイズの一環として2012年に始めたレストラン事業。僕も滞在中かなりお世話になっていたレストランなんだけども、僕と同じようにマハビルさんと打ち合わせをするためにやってきた人たちでにぎわっていた。ソーシャルイノベーションをおこしたい人たちのコミュニティのようにもなっていて面白かった。もちろん、料理もうまい。 f:id:yu5884:20160814173928p:plain 蒸し餃子みたいなモモという料理。マスタードをつけていただく。 f:id:yu5884:20160814173920j:plain
  • Eラーニング 業界では定番のEラーニングですが、山奥でやっていうという点がユニークかなと思い挙げさせていただきました。 でも、ネパール人向けの教材はまだまだ少ないですね。。。

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  • イノベーションセンター 現在のネパールの才能のある若者が埋もれてしまう状況を変えるべく、イノベーションセンターを設立したいとのこと。また寄付に依存する運営方針ではなく、独立して運営するため資金を「水力発電」によってまかないたいと熱心に語っておられました。水力発電で10MW発電できれば、US$6,00,000くらいになるからね、はははって。資金がないから発電して電気を売るっていう発想は、大自然あふれるネパールならではな発想で面白いけど、本当にうまくいくのかな。でも、今まで数々のクレイジーなプロジェクトを(政府を無視して勝手に)やってきたムハビルさんなら本当に実現させちゃうんだろうな。
  • という感じでマハビルさんは現在200の村でワイヤレスネットワークを利用して数々のプロジェクトを実施しています。日本のちっちゃいスケール感に飽きたら是非訪れてみてください。防寒具とトレッキングシューズは忘れずに。

    ネパールの山奥でネットが使えるというので行ってきた。#1

    f:id:yu5884:20160814174540j:plain これからしばらくネパール視察の報告記事を書いていこうと思います。 カンボジアについて書くつもりで立てたブログがいきなりネパール記事。笑 でも、内容はカンボジアで展開している事業にも関わっているので、かなり刺激のある訪問となりました。 それでは早速。

    ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 2015年12月某日。何気なくギズモードを見てるとこんな記事が。

    「6万人のネパール人にインターネットを届けた男」 http://www.gizmodo.jp/2015/12/_6789.html

    [embed]https://vimeo.com/148060514[/embed]

     

    Nangi村にはインターネットがありませんでした。1番近いPokharaには2日も歩かないといけません。私は月に1回Pokharaまで歩き、E-mailをチェックしに行ってました。6年間、毎月毎月。しかし2001年、もっと賢い方法があるはずだと思いつきました。私の夢は、Nangi村と世界を結ぶワイヤレス・ネットワークを構築することでした。皆、私の頭がいかれたと思いネパールの誰もが失敗すると思っていました。それもそのはず。ネパールでは機材を入手することすら出来ない環境だったから。そこで、私はBBCオンライン・ニュースにメールして、誰か私を助けてくれる人はいないか?聞いてみたんです。辺ぴな地域でワイヤレス・ネットワークを構築する手助けをしてくれる人を。 すると返事がありました。なぜネットワークを構築したいんですか?と質問がきたので、私たちは僻地に住んでいるからと答えると、現在、どこまで進んでいますか?と聞かれたので、木の箱でコンピューターを作ったと答えました。彼らにとって、興味深くおもしろいネタだったと思います。私たちは連絡をとりあい、2001年にBBCオンラインニュースで記事になりました。その結果、プロジェクトを助けたいと沢山のE-mailをもらい、実際に2人の男性が私たちの村を訪ねてくれて、ワイヤレス・ネットワークを構築してくれました。1人はベルギーから来てくれたJohannさん、もう1人はフィンランドから来てくれたJonnyさん。 市場ではアンテナを売っていませんでしたが、ラッキーなことに基本原理が同じテレビ用のパラボラアンテナをみつけたので代用することにしました。そして2002年5月の朝、すべてが完成しました。Pokharaのパラボラアンテナがワイヤレス・シグナルを私たちのほうに送り、Moharaで巨大なレシーバーと共にシグナルを待っていました。少しづつアンテナの角度を動かしながら山頂の尾根で待つこと2時間、実際に作動したんです! 私たち自身も驚いてしまいました。 この成功は、簡単にE-mailをチェックできるようになっただけじゃなくもっと大きな影響力がありました。ビデオ・カンファレンスシステムで、カトマンズの病院の先生とNangi村クリニックの医療従事者をつなげることができたり、e-コマース・プラットフォームも村の人々を助けています。物を売ったり効率的に生産することが出来るようになりました。 また、Nangi村に高校をつくったので現在、350人の子供たちが最新のオンライン教材で学んでいます。 いま、ネパールは大きなチャレンジに直面しています。仕事不足で若い人達は十分な収入を得ることができていません。そのため、仕事を求め外国へ行ってしまいます。とても貧しい生活状況です。このプロジェクトは、次世代の人達が収入を得るための新しいチャンスを切り開いてくれます。 貧しい子供たちのために山間部に大学をつくり総合大学に育てるという夢もあります。そして、もう1つは既に進行中のプロジェクトで、友人たちとイノベーション・センターを建てています。若者たちのクリエイティビティと革新的なアイディアを考える力を養うために。才能のある若者が沢山いますから。夢はどんどん広がり、山岳地域で実行可能な収入を生むプログラムをもっと沢山スタートさせたいです。たとえば、僻地を観光するツアーやアンナプルナ山トレッキングを企画したりしたいです。また、可能ならPokharaとManangを繋ぐケーブルカーを設置したいですね。なぜなら、Pokharaの村人たちは雪を見たり触ったことがないから、雪の多いManangで雪を体験させてあげたいから。将来的には、山で葡萄を育てワインを作ったり、オリーブを育ててオリーブオイルを売るこが出来たら…。きびからウイスキーがつくれたら…。 興味が湧いたら、私たちの村に遊びにきてください。

    興味が沸いたら、私たちの村に遊びに来てください

     

     

    興味が沸いたら...

    私たちの村に...

    遊びにきてください...

     

     

     

     

    というわけで、来ちゃいました。カトマンズ

    f:id:yu5884:20160814174532j:plain

    カンボジアの田舎にネット通してオフィスつくるだけでも相当大変だったのに、 ネパールの山奥にネット通すなんでチョー面白いじゃないですか。すごいなあ。ちなみに事前のネパール情報はほどんどなし。 ニュースはチェックしてたので、ネパールの震災についての情報は入っていたけど、 それ以外は為替レート調べたくらい。

    それにしても相当寒い、ネパール。寒 過去4年近く常夏のカンボジアで過ごしてきたので、 寒さには終始参りました。。。 そして暗い、暗すぎるネパール。 f:id:yu5884:20160814174539j:plain

    街の暗さに全身の防寒装備が輪をかけてネパール人を不気味にさせます。 カンボジアから来ているので常日ごろから警戒心は高めなんですが、 いつもの倍くらいは警戒してましたね。 最終的にはこちらから謝りたくなるほどいい人たちでした。ごめんなさい。

    ネパールは慢性的な停電があり、僕が訪問した時期は一日13時間も停電してました。 ネパールの発展を遅らせている一番の要因はこの「電力不足」にあると思います。 とにかく電気がない。

    そして、僕も知らずに来てしまって大変恐縮なのですが、 現在ネパールはインドとの政治的衝突のせいで、インドから物が流れてこない状況が、 かれこれ2~3ヶ月続いており、かなりカオスな状態が続いております。

    ガソリンは通常の4倍近くの値段でブラックマーケットで取引されてたり、 普通にガスを買おうとしても4日待ちは当たり前。

    ネパールの汚職も相当酷い状況。カンボジアではこういう表現自体ができなかったりするので、面白いですね。旅行会社のおっちゃんも面白いこと言ってました。 「カンボジアは発言ができないだろ、ネパールは発言はできるけど役人は誰も聞いてしないんだ。」 f:id:yu5884:20160814174534j:plain

    ガス、ガソリンが手に入らないのんで自転車でマキを運ぶ人。 空のガスタンクをバスの上に積む人。 f:id:yu5884:20160814174542j:plain ただ、興味深いのが暴動が起こってもおかしくないこんな状況でも、 ネパールの人たちはいたって冷静に行動しています。

    ネパール人の国民性なんでしょうか。

    2016年あけましておめでとうございます。

    あけましておめでとうございます。

    書いている今はまだ明けていないのですが、 初日の出を待つ間に一気にブログを立ち上げてみました。 しかもここ、ネパールの山奥で!笑

    僕は今日本から飛行機で7時間ほどいったところにあるネパールの首都カトマンズからバスで7時間行ったところの、ポカラという町からジープで3時間ほどいったところのレスパ、という村から歩いて4時間ほど行ったところにあるナンギ村から、歩いて5時間ほど行ったところにあるネパールのワイヤレスネットワークのメインステーションであるモハレという場所に来ています。

    どうでしょう?何となく日本から遠いところにいるというのは伝わったでしょうか。

    なんでこんなところにいるのかはまた今度ご紹介するとして、 いきなりですが、2016年今年に対する想いをここで書き残しておきたいと思います。

    昨年は3年間勤めた会社を退職し、いよいよ自分自身で人生の舵取りをしていかなくてはいけない状況となりました。 カンボジアという国から日本を見て、カンボジア国内からカンボジアという国を見て早3年半、 日本のすばらしさを感じる一方で、閉塞感もより一層感じるようになりました。

    また、カンボジアでは、「日本」というネームバリューは確固たるものがあり、 何をするにしても非常に追い風として働いてくれる。 日本人であることがデメリットになったことは今まで一度もない。

    それだけ先人が残してくれたものというのは偉大でした。 日本から逃げた身だからこそ、日本の誇りを忘れずに生きていきたい、 日本という利を生かして生きていきたいということで、 僕の今年の想いを一言に凝縮するならば、

    在日日本人より日本人らしく、 カンボジア人よりカンボジア人らしくありたい。

    この言葉に尽きると思います。 本年も何卒よろしくお願いいたします。

     

    あ、初日の出。 f:id:yu5884:20160814175013j:plain